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ハッピージャニオタ舞台班(メルヘンタイプ)の備忘録

さよなら!

永遠、を尊く美しく思えるのは、万物に終わりという結末が存在するこの世界だからこそなのだと、わかっているつもりだ。かたちあるものは崩れ、続くものは潰える。永遠が存在する世界はすなわち終わりの存在しない世界であり、ならば永遠は「終わる」からこその美徳なのかもしれない。

でもわたしは、永遠を望んでしまっている。終わってほしくない。青山劇場がなくなってほしくない。青山劇場で行われるPLAYZONEが終わってほしくない。

 

劇場外のエントランスで、飾られた照明の光に照らされながら、わたしはそのときを待っていた。PLAYZONEの大千秋楽。残念ながらチケットを持たないわたしは、せめてもと、終演後キャストが外に出て挨拶してくれる通年の恒例行事に参加するべくそこにいた。その日は寒かった。わたしは幸いにも屋根があるところにいられたのだが。光のエネルギーはすごい。発熱インナーやジャケットを着込み、厚手の手袋にカイロこそ握っていたものの、明るく照らされたそこは幾らか温かく、登場までの3時間強が思っていたよりも苦ではなかった。明かりがあったかい。きっと今ごろ、彼らは、もっと強い光に照らされ華々しく舞っているのだろう。

 

千秋楽ではないものの、期間中2回の観劇は果たせた。音が鳴り響き、色とりどり照明が世界観を醸し出し、青山劇場の持ち味であるセリがステージを如何様にも見せる。舞台が、形を変え、世界を生み出すたびに、どうしようもなくときめく。生の舞台の楽しさとはまさにこれだ。テレビやカメラレンズといったものを介さないからこそ見える色がある。装置が動く音や靴底がキュッとなる音がダイレクトに聞こえる。観客の拍手で揺れる空気を感じる。もちろんそこにはキャストの存在も重要だ。5年という歳月の中で絆を深め合ったカンパニーは無敵といえる。個々の成長や輝きはもちろん、集団としての美しさや強さも存分に見せつけて。今のPZカンパニーは他にはない結束力が魅力の一つだとわたしは感じている。

年が明ける前、座長が病魔に侵されてしまい、どうなるのだろうと心配していた。ステージに立ってほしい、パフォーマンスしてほしい。でも体が一番大事で無理はしないでほしい。しかし、そんな不安は杞憂だと吹き飛ばしてくれるように、翼さんは青山劇場に君臨していた。座長なくして幕は上がらず、終幕に大輪の花を咲かせるのもまた座長にしか務まらない。翼さんの磨かれたセクシーさと圧倒的なパワーを持つダンスがPLAYZONEとカンパニーを導いていく光景は、見ていて自分もその一員になれたんじゃないかと錯覚するほどに、すべてを巻き込む力強さがある。

翼さんの体調を考慮し出演演目が減ったと聞いたけれど、だからといってその「穴埋め」を感じさせなかったのは、カンパニーだからこそ成せる技だったのだと思う。翼さんじゃなくてもいい、という意味ではない。翼さんが立てなかったのであろう位置に立つ誰かも、ただの代わりではなく、ひとりのプレイヤーとしてきちんと存在していた。それは、舞台にかける情熱を同じ温度で共有できる仲間だからであり、座長の背中を見ながらめきめきと成長を遂げた後輩であるからだ。*1

青山劇場だからこそ作り出せる世界があり、青山劇場でかけがえのない絆を育んだ。

「さよなら」と冠されたとおりに、今回のPLAYZONEが青山劇場最後の公演となった。もうこのステージで行われるすべてを見られるのは最後なんだと思うと、立ち込めた熱量に高められる興奮と同じ量だけさみしさが募る。できれば終わらないで。この景色をまだ見ていたい。そんな願いとは裏腹に楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 

しばしの回想に浸っていたら、公演を終えたカンパニーの一同が挨拶をしに出てきてくれて。薄手の衣装で冬の夜へ飛び出すなんて、すごく寒そうだったんだけど*2、みんなまぶしいくらいの笑顔を携えていた。さみしさもせつなさもあるだろうけれど、ひとつのものを成し遂げた達成感に満ち溢れたような笑顔。PLAYZONE最高!と盛り上がる会場。その笑顔が、なによりも最高だった。

こうして外挨拶は、流されるままに退場して、わたしはあっという間に電車に乗って、数日が経つ。SNSには消灯の瞬間やセット解体後の画像が流れ、新聞に青山劇場の記事が書かれ、web連載を持つメンバーが次々に感想や感謝を述べていった。そう、終わってしまった。あんなに願ったのに、それだけじゃなにも変わらなくて、瞬く間にPLAYZONEの幕は下ろされたのだ。座長の愛に溢れたweb連載更新に心が熱くなるのを感じながら、これを読んだらほんとうに終わってしまうんだな…と寂寞の思いに駆られたりして。

 

PLAYZONEはわたしの青春だ。

たった5年しか観れていない*3けれど、それでもたしかに、どんな季節どんな場所でも感じることができなかったかけがえのない感覚をPLAYZONEにもらった。当時は高校生で、はじめて自分で稼いだお金でチケットを買うことを知り、初めて生で観劇したジャニーズ主催の舞台がPLAYZONE。こんなに舞台を愛するようになったのはPLAYZONEによる影響が大きくて、そしていつだってそこには青山劇場があった。PLAYZONE…というか翼さん率いるカンパニーの公演は、ステージがあって踊り続けられる限りはどんどん新たな感動を生み出し続けてくれるかもしれない。でも、青山劇場は、もうない。

思い出は場所とともに。

永遠というあり得ないものを馬鹿みたいに望んでしまうのは、自分の青春が捨てられてしまうような感じがしてしまっているからなのかもしれない。どんなにもっともらしい理由を並べられたとしても、それを受け入れるのには多分な時間がいる。現に閉館が決まってからすでに2年は経過している。わたしにとって青山劇場はもはや単なる芝居小屋なんかじゃなく、施設なんかじゃなく、青春の指標になっていた。一年に一度のあの頂を目指してわたしは季節を過ごしていたのだと、閉館を経た今、改めて強く感じている。

 

季節はめぐりめぐって 君とまた出逢うでしょう

終わりがくれば新たなスタートがくる!と言ったのは江田くん。さよならは別れではなく再会の合言葉。そう思えるようになるまでもう少し時間がかかるかもしれないけれど、たくさんの感動とときめきをくれたPLAYZONEと、その精神を抱いてステージと向き合うキャスト・スタッフの皆さんが作り上げる新たな舞台が見られるその日を楽しみにしている。かたちあるものがいずれ崩れるとしても、かたちなき歴史と熱い想いは、人から人へ脈々と受け継がれていく。それを教えてくれたのも、30年間、少年隊さんをはじめとしたジャニーズのタレントたちが公演を重ね続けてきた『PLAYZONE』だった。

 

たいせつなことを教えてくれたPLAYZONEと、情熱と青春の場所であり続けてくれた青山劇場に、心からの感謝をこめて。

 

さよなら!

 

 

*1:ただし屋良さんは除く。屋良さんは後輩ではなく同期なので翼さんとの関わり合い方もまた違う。背中を見てきたというよりは切磋琢磨していったひとで、すでに独自の輝き方を確立しているひとだと思うので。

*2:実際に寒い!と叫んだのは山本亮太くん。手に握ったカイロを投げてあげたいくらいだった

*3:DVD入れればもうちょっと見てるんだけど