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ハッピージャニオタ舞台班(メルヘンタイプ)の備忘録

生まれおちた 誰にも似てない 唯一無二のふたり

MAD

極めて個人的な意見だが、ふたりユニットって、すごい。

ジャニーズ内にはいくつもユニットが存在する。5人あたりがポピュラーなんだろうか、多いところでは9人、もうすぐ二桁だ。それぞれの個性を集めて、調和や反発を繰り返しながらの化学反応によりユニットは成り立つ。

そんな中、ふたりユニットは意外と少ない。ジャニーズ、またジャニオタにおける「シンメ」文化の根強さからか、ふたりという存在は重宝されているが、ユニットという形で存在しているものは片手で数えられるほどしかない。*1デビュー組だとKinKi Kidsタッキー&翼。Jr.だと、noon boyz、B.A.D.あたりがお馴染なのだろうと思う。とはいえJr.はユニット自体約束されたものではなく、ユニットと言いながら確固たる場所として存在しきれない部分は否めない。

ユニットの人数に多ければいいも少なければいいもなく、それぞれがそれぞれに良さを持っているが、そういう話をしたいわけではない。わたしが「ふたりユニすごい!」と思う部分は、「唯一無二の存在しかいないこと」だ。ユニットが1つの仕切られた世界だとして、そこにはお互いしか存在せず、愛も憎もお互いにしか向けることができない。もちろん現実はユニットだけがすべてじゃないから、片割れが全て、という重苦しい生き方をしているタレントはいないとは思うが、その世界から片割れを排除すれば均衡は崩れ成立しなくなってしまう。決して多人数ユニットを卑下しているわけではないという前置きをしておくが、変な話、多人数ユニットは誰かが欠けても、元通りとはいかずとも形を変えて成立することができてしまう。でも、ふたりユニットにはそれができない。手を離せば1と1でしかなくなってしまう。

 

そんな、ふたりユニットに無駄な情熱を持つわたしが、今一番好きなふたりユニット。

それが"MAD"である。

 

このブログならびにわたしのツイッターをご存じの方には耳タコかもしれないが、"MAD"は2013年10月現在、ジャニーズJr.の松本幸大と池田優によるふたりユニットだ。

「2013年10月現在」とわざわざ前置きをしたのには理由がある。"MAD"というユニットは元はふたりではなく、人数の推移を経て今に至るという現実があるからだ。"MAD"…元の表記はM.A.D.だったわけだが、一時期はかなりの人数を抱える大所帯グループだった。わたしがM.A.D.を知ったころ*2でも10人以上はいたと記憶している。しかし、ジャニーズJr.は厳しい芸能世界においてデビューを待たず退所という道を選ぶ人も少なくなく、M.A.D.のメンバーたちもひとりまたひとりとジャニーズを去り、2013年3月にはついに松本と池田のふたりになってしまった。

先述のとおり、わたしがM.A.Dに興味を持ったのはかなり遅い。2009年に存在とパフォーマンスを知り、ひとりひとりに興味がわくようになったのは2011年。その頃には4人が新たなユニットとして活動を始め*3、4、5人(曖昧)は退所、だからわたしが胸を張って(?)知っていると言えるのは"MAD"という当時4人のユニットのことだけなのかもしれない。そんなわたしがあまり"MAD"のことに口を出すのはよく思わない方もいるかもしれないが、そこには目をつむっていただけるとありがたい。

 

そんな"MAD"がここまでわたしの中で熱くなったきっかけは、今年5月に行われた「Live House ジャニーズ銀座」(以下「クリエ」)だ。ジャニーズJr.が日替わりでコンサートを行う公演で、"MAD"はその中で、内博貴が主役を務めるコンサートに参加していた。

"MAD"がクリエに出る。ということは、もしかしたらふたりにもメインで歌うチャンスがあるかもしれない。わたしは真っ先に考えたが、しかし具体的なことは何一つ考えていなかった。否、考えられなかった。他のユニットに対してはあんなことをこんなことをといろいろ妄想できたのに。それは、まだ自分がふたりの"MAD"を知らなかったからだと、今思う。ふたりになってからの"MAD"の活動を観に行ってなかったわけではないけれど、ふたりとしての見せ場はほとんどなく、また他に優先するべき人(自担)がその場にいたこともあって、気にして注目することがなかった。"MAD"がふたりになったことは理解していても、それを実感する場面にまだ遭遇していなかったのだ。

そんな、漠然としたイメージしか抱けないまま、その日を迎えた。予想通り、"MAD"にも彼らメインの時間が設けられた。全体の公演時間と比べたら短くあくまでJr.コーナー(全員Jr.なのにね!w)の一部ではあるが、想像以上に長い尺を与えられていた。わたしの観劇予定は2公演のうちの後公演だったため、そのことと披露曲はTwitterで知った。曲目を知ったときの震えはもちろんだが、それは実際にパフォーマンスを目の当たりにしたときと比べるとなんてことないものだ。

 

"MAD"コーナー セットリスト

  1. truth
  2. 欲望のレイン
  3. 愛のマタドール(松本ソロ)
  4. 生きてる証(池田ソロ)

 

truthはシンメの特性を生かし、ふたりでなければ成立しないフォーメーションをいくつも見せてくれた。振付のユニゾンやシンメトリーはもちろんだが、高低差のあるステージの上下に各々が位置し、向き合い互いに手を伸ばした瞬間に、何か強い光が生まれたように思えた。これこそ以前の人数では成しえないことだ。

欲望のレインは、もう、タイトルだけで攻めていることが分かる。KinKi Kidsが原曲の、歴代ジャニーズJr.を代表すると言っても過言ではないシンメがパフォーマンスしているこの曲に、"MAD"が挑んだのだ。振付の細部まで記憶しきれていないが、かつて山下生田が披露したそれに近かったように思う。バックにTravis Japan*4を従えて。

各ソロにも個性が溢れていて本当に良かった。このクリエの主役は俺だと言わんばかりにセンターに君臨し自分全開の松本と、ステージを縦横無尽に得意のアクロバットで跳び回る池田。ふたりのステージをサポートしてくれたTravis Japanの使い方も、松本は仲田と七五三掛を完全バックに従え、池田は川島をまるで同格のように扱いパフォーマンスをしていた。

 

ああふたりユニットだ、と思った。

 

それは事実でしかないから当たり前のことなのだけれど、何せ実感がなかったから、驚きと動揺、それから沸き上がる感動が尋常ではなかった。

まるで最初からふたりだったかのような完成度。ここまでのことをしてくるなんて、思いもしなかった。truthのフォーメーション。欲望のレインという選曲。それを経た上でのソロ。これはもうふたりでなければできない。3人でも4人でも10人でもできない。ふたりだ。し、ふたりになってしまったのだな、とも。正直に言えば、"MAD"がふたりになってしまったことを悲観している自分がいた。元のグループのかたちを惜しむ気持ちがあったし、減員=グループの衰退、という考えを捨て切れずにいた。でもそれを考える暇はないと、ステージに立つふたりに叩きつけられたような気分だ。

背負っているのだ、と思う。勝手な推測にすぎないが。現在に輝くことに貪欲でありながら、過去を否定することはせず。M.A.D.として共に過ごしてきた時間や現実があるからこその"MAD"であり、その上に成り立つふたりユニットなのだと。だから、皮肉なことなのかもしれないが、余計に"MAD"というふたりユニットが輝かしく逞しく見える。

それからというもの"MAD"が愛おしくて仕方ない。以前も好きだったが、以前よりももっと。

 

先日まで行われていた「ANOTHER」では、数々の出演者の中で"MAD"の存在は光っていたように、少なくともわたしは感じている。ふたりとも部族の一員だったが、部族の中でも一際強さを放つパイン(松本)とレイク(池田)。滝沢舞台で培った殺陣のセンスがそれを実力的にも視覚的にも確立させていた。

そのANOTHERの千秋楽公演、"MAD"がふたりきりのシーンでアドリブを利かせてきた。松本曰く「BL」チックらしい。本編終了後の挨拶では、松本と池田が精一杯のBLポーズを披露したとも聞いている。*5それが舞台として正しかったかどうかはさておき、その行動は少し驚きだった。関係性の過剰な演出は、「ふたり」を売りだすことにおいては常套手段だとわたしは思う。その行動に松本(と池田)が出た。それって、自分たちを売り込んでいるってことなの…?勘繰りすぎと言われればそれまでだが、そんな意識があっての行動なのであれば、少し怖いくらいだ。本気を感じてしまう。

BL売りを推奨するわけではない。が、松本にとってその対象は池田しかおらず、逆も然り。というところにはなんだかザワッとして、また、ふたりユニットであることを思い知らされる。本当にお互いしかいない。もちろんBL的な意味ではない。(念のためw)

 

先述のとおり、Jr.のユニットは約束されたものではない。"MAD"だって今までかたちを変えて存在してきたのだから、このままどこまでいけるのかなんてわからないし、このふたりの均衡が何かによって崩れてしまう可能性は大いにある。「何か」が、他者の存在なのか、お互いなのかは、これもその時が来るまで分からない。

けれど現在に芽生えた気持ちでもって、これからの"MAD"を見届けたいとわたしは思う。ひとつひとつ新たなステージへ駆け昇るふたりユニット"MAD"が、多くの幸せと活躍に恵まれることを願いたい。

 

(後書きのような追記)

だらだら語っていますが、もちろん、過去のM.A.D.が劣っていたという話ではないことをご理解いただきたい。と思います。ふたりの"MAD"に熱を上げてしまった一個人の意見であります。

*1:企画物(修二と彰、トラジハイジなど)を除く

*2:M.A.D.の歴史の中ではかなり遅い方だと思われる

*3:ふぉ~ゆ~でーす

*4:同じく内公演に参加していた仲田、七五三掛、川島

*5:千秋楽公演は実際に観劇出来なかったので、全てtwitterや友人による伝聞にすぎません