Hello, my mars.

ジャニオタ備忘録(語るタイプ)

希望だけが待ってる場所へ〈タッキー&翼のはなし〉

わたしは愚か者なので、やっぱりこういうときはなにか言葉にしないと自分の心を守れないようです。なのでブログを書きますが、他担がJr.担が言うなって思う人は読まないほうがいいし、正しいことを言うつもりはないし、読んだ後で傷ついたとか言われてもどうしようもないし言われたくないので、自衛してください。よろしくお願いします。前置きです。

 

 

 

 

 

タッキー&翼が解散してしまいます。いやしてしまいました。翼さんはジャニーズを去り、滝沢さんは表舞台からも去ろうとしています。嫌だそんなん。嫌に決まってる。それでめでたいな!とか言える人はこの世に存在するのだろうか。と思うくらいには嫌。

こういうときファンはとても無力で、ひどく身勝手で、面倒くさい生き物だなぁと思わずにはいられない。無力だ。どんなに何を言ったってこの想いも言葉も届かない。いや、ほんとうは届いているのだと思います。どれだけ自分たちを求める声が多かったことか、長い間ユニットを守り続けてきた二人なら、痛いほど分かっていると思います。分かっていてほしいよ。それでも、できないものはできない。どんなに想いが大きくて、購買や宣伝でどれだけ支援することができても、引き留めることはできないのです。だって大の大人が、大事に大事に考え抜いて決めたことなんだもの。それは、わたしたちがどれだけ愛しているかとか、その愛が勝ったか負けたかとか、そういうことじゃない。だから余計に遣る瀬無い。

勝手だよねぇ。勝手に好きになって、それだけなのに、こっちがどんだけ好きだったと思って……!とか思っちゃう。大好きだったのになんでわたしたちと幸せになる道を選んでくれないのか。そのためなら長く長く待つことだってできるのに。って。勝手に好きになっただけなのに。報われたいともちょっと違う、ただただ失われていくのが嫌なんだな、と思う。

 

虚しいことを言い続けるようかもしれないけど、ファンとタレントって結局はずっとそんな関係なんだなと思う。ファンの意見を聞いて知っていてくれてはいるだろうけど、じゃあそうしていこうと決めるのはタレントでしかなくって、話し合ったわけではない。どんなにタレントがファンを思って行動しても、それをイイね!って受け取るのはファンでしかなくって、ツボらないなって思ったら終わってしまうこともある。「見たいもの」と「見せたいもの」が合致してるだけ、それが叶いつづけているだけで、その実は双方が相談して進んでいっているわけではない。良くなったわけでも、悪くなったわけでもなく、変わることがないからこそ成立している不思議な関係。それでいいんだろうなぁって思う(過干渉はしたくないし、顔色ばっか気にして仕事してほしいわけでもないので)けど、こういうときだけ、やっぱりともだちならどんだけよかったかって、ないものねだりをしてしまうことがあるよ。

(矛盾してる。でもそれでいい、きょうみたいな悲しいことがある以外はそれでいい、そうであるからこそわたしは夢を見続けることができるのだ。意思疎通できないけど妙にできたような感じになる、このくすぐったくてじれったい関係はどうしょうもないときめきを生み、擬似的な恋に、あるいは真心の愛になる。)この辺、おっそろしくポエム的になってしまうのですが(いやお前の散文全部ポエムだよ!?ってツッコミが正解です)ほんとうに得も言われぬ感情をアイドルに抱いてしまっているので仕方ない。だからこそ恋しい。

 

20年を超えるふたりの歴史の中ではわたしはほんとうに浅いところしか見てなくて、世代的に”黄金期”というものを記録でしか知らなくて、まずJr.担だし、そんな感じのおたくですが、わたしはわたしのおたく人生の中でタッキー&翼がとっても好きでした。座長としても、ユニットとしても。コンサートがあれば必ず行ったし、バックに関係なくたっつ見たさに遠征もした。新潟おいしかったなぁって思い出はタキツバとともにあるのです。つーちゃんが病気に倒れたってときはほんとうにほんとうに心が痛くて、意地でもタキツバコンをやったたきざーさんはかっこよくって、10周年の広いドームでお客さんの拍手を「てんぷらが揚がってる音みたい」てほのぼの聞いてる二人の姿がいつまでも大好きです。CDが売れないってシビアな現実にぶち当たってたのも事実だけど、タキツバが出す楽曲はすべてが二人にしか出せないオリジナリティがあって、数字では測れないオンリーワンだったように思う。山手線なんてコミックソング(?)を大真面目に歌えるのはタッキー&翼だからだし、30を超えても尚歌詞に「タッキー」「翼」と自分たちの名前がありあり出てくる歌をめちゃくちゃかっこよく歌うんですよ。何のこと?って思ってるおたく今からでもいいからたっつのアルバムとかシングル聞いてください。楽曲のポップさに隠れがちだったかもしれないけどハモリのなんと美しいこと。MCのつーちゃんのうっかり深くつっこんでしまう下ネタと、困りながらもずーっとゲラ笑ってるたきざーさん、その話題は「タキツバ愛」ですからね。好きなところなんて語りきれない。

 

そんなところで、今の、というよりここ数ヶ月いろんなことに対してずっと、わたしの心の中には「受け入れたい」と「嫌なものは嫌」のふたつの感情があります。

 

受け入れたい。そりゃあ受け入れます。敬愛する人の、考えた末の決断なら、それは間違いではないと背中を押してあげられる自分でいたい。新しい道に踏み出すのはとても勇気のいることで、未来を見つめるのはとても果てしないことで、ファンはきっとここにいてくれることだけで幸せなことも、きっと、分かって、不安も希望も全部抱えて歩き出そうというのなら、受け入れる以外にしてあげられることはない。今までたくさんの愛をもらいました。だから今こそその愛を、受容を以て返したい。間違いのないステージを見せてもらったから、この先どんな形でも楽しませてくれるんだろうなっていう確信がある。ジャニーズじゃなくても。プレイヤーじゃなくても。つーちゃんには何よりも体を大事にしてほしいし、そのために一度仕事を切り離すのがたいせつならそれが一番なんだと思う。それがたきざーさんの夢なら納得いくまで追いかけて、一度きりの人生を謳歌したらいい。

でも、嫌なものは嫌。いっちゃ嫌なの分かってんのに止まってくれないなんて、自分の夢を優先するなんて勝手だよって思っちゃうし、お別れくらい言わせてほしいし。解散してほしくないしずっとタキツバはタキツバでいてほしいし。つーちゃんはジャニーズでいてほしい、ジャニーズとしてダンスシーンを引っ張っていってほしい、PZもD&Rももっとつーちゃんがやりたいステージのこともジャニーズで叶えてほしいし。たきざーさんには一生プレイヤーでいてほしい、やりたい演出は自分の体で叶えてほしい、群衆にそびえ立つ立派な華で居つづけてほしいし。はいそうですかなんて素直に言えるわけがない。当たり前でしょ好きなんだから。奪われていいなんて思ったことは一度もない。

 

好きだから。愛してるよ。……恥ずかしいかな。でもほんとだよ。

 

受容も拒絶もどちらも本心であっていいのかな、と思います。この感情はまったく別の部屋に存在しているから、どっちが嘘とかもないし、嫌でも共存してしまうものなのだと。自分のちっぽけな感情のために今まで大好きな人を応援できないなんて嫌だからしたくないし、「嫌なものは嫌」を否定したら自分がたいせつにしてきたことまでなかったことになりそうでそんなの耐えられないからしたくないし、どっちもしたくないのなら、この矛盾した感情をどっちも本心だと、両方抱えて生きていく。

 

は~~~~!!!!おたくって勝手だな~~~~~!!!!!(もうまとまらない頭で書いてるので叫んだってお許しください)

 

つーちゃんが退所するのならいる意味がないからって自分も降りるたきざーさんとか、たとえそういう話だったとしてもわたしは全然美談に思えない。滝沢歌舞伎は続けていくったって肝心の滝沢座長がいないステージをおたくはどんな思いで見つめればいいの?ひたすら待つという気持ちですら重荷になってしまうのかな。じゃあどうしたらよかったんだろう。なんで先に解散しちゃうの、せめて待ってくれないの。誰にも相談しなかったなら尚更為す術なしじゃないか。全部背負って歩み出すなんてかっこよすぎる、かっこよくなくたってよかったのに。けじめって何なんだろう。夢って何なんだろう。「見たいもの」と「見せたいもの」が叶わない世界って、なんでこんなに虚しいんだろう。……わがままだよね。のっぴきならない事情だって言えないこと、知らないところで守られてる部分があるかもしれなくて、知らんぷりして文句言うんだもんな。

今でも仲がいいのなんて、そんな、、そんなの、、、知ってるよ~~~~~~!!!だからこそ、こう、何も責められない、安心すればするほどに、着地した床がまた抜けて、落ちて、そういう、繰り返しみたいな想いになるよ。

それでも、こんなに虚しい中にも、「信じたいもの」があるならば、どんな美談でもそれを支えにしていい。おたくには怒る権利と信じる権利があるとわたしは思っている。わたしにとってそんな美談があるとすれば、それは、この決断がどんなに勝手でわがままでも、自分本位でも、滝沢さんと翼さんが己の信じた道を進んでくれることに他ならない。「中途半端にしない」「自分の足で歩む」それがふたりの信条になったのなら、その先に叶えたい夢があるのなら、それに向かって突き進んでほしい。ひとりの男として幸せになってくれる、そんなあなたたちだったら憎たらしいほど大好き。ファンのために我慢なんてしないでいい。そんな姿が見たくて応援していたわけではないからだ。

 

わたしはわたしの視点からしか語れないから、それこそタキツバの担当さんはもっと違う気持ちでいるんだろうな、とは思うけど。

のでまだ長々わたしの話をしますが、お察しのとおり(とおり?)春先にじたんさんとグループの耐えがたい訣別がありまして、だからってじたんさんと両座長の話をここでするつもりはあんまりありませんが、そんなこんなで春先からお別れについて考えることが多々ありました……というよりもう一年のほとんど考え続けているかもしれない。答えは出ないけど傾向とか耐性は分かってきます。そのときのブログを読み返すとおっそろしく美談で飾ってるし、自分を納得させようと必死だし、でも耐え切れなくて急にバカーーーー!!!とか叫んでるしw情緒がてんやのわんやです。でも全部本心です。長ったらしいブログを2件書いて、それでも納得はできなくて何度も泣いたり怒ったりしたし、アップしてない散文をほんとうにいくつも書きました。ほとんど答えが見えなくなって書きかけのままだけど。

わたしの中でお別れの話で大きなことははやしくんとすっちゃんと今回のタキツバ、妹の担当が辞めジュになったりとか、あとは自分のあまり興味のない界隈でもそういうことが起こっていて、もちろんこれらはそれぞれに状況が違うから問題を並列するつもりはありません。でもおたくは、怒っていいし、泣きわめいていいし、叶わなくなったことでも叫んでいいと思う。という思いはどれでも変わらないかな。イイコにならなくていい、ありがとうなんて聞き分けのいいことはまだ言えなくていい、何よりも自分の「大好き」を守って、守り抜いていきましょう。

 

 

2014年のコンサートで思ったことを、わたしはブログに残しています。

【タッキー】と【翼】以外の誰も歩けない道。どんな困難があっても、ただのグループなら解散できるのかもしれないが人生ならばそうはいかない。乗り越えるしかない。

このときはそう、書いたけど、解散しちゃったんだなぁ……って、何とも言えない気持ちになる。

タッキー&翼】というグループ名のすごさ。タッキーと翼で【タッキー&翼】という、タキツバを知らない人にも日本語さえ分かっていれば説明するのがもはや野暮な、とてもわかりやすい当たり前のことが、すごい。タッキーと翼以外がタキツバにはなれない。鈴木さんと健太さんじゃタッキー&翼じゃない。それが、当たり前だということが、じつはとてつもなくすごいことだったんだなぁと、今改めて思い知らされた。

でも、きっと、結局はこれなんだと思います。このふたりでしか成し得ないのだから、その人生を閉じるなら、それはファンでも事務所でなく、滝沢秀明今井翼にしかできないこと。

ファンは、ふたりが歩く道に敷かれた石となり、路傍の木となり、それを彩り見守ることができるだろうか。滝沢さんと翼さんが【タッキー&翼】を選び続ける限り、そんな存在でありたいと、願ってやまない。

あぁ、どうしても無力で、見守ることしかできなくて、でも見守ることはできるよ。見守る。あなたたちがタッキー&翼の人生を閉じ、新たな道を歩き出したこれからも。

 

互いが互いの星であって。そしていつか、ふたつの星がギラギラと眩しく輝いて、これこそが希望の光だって、わたしたちに知らしめてほしい。いまはそう願うのが精いっぱいで。

どうか、幸あれ。これからもずっと。

 

 

君という名の輝く星を 抱きしめて今、生きてく